楽しめた広島現美のティンティン・ウリア展。

美術館

こんにちは。大人のおしゃれ塾、田中です。

いやー、芸術の秋と言いますが、それにしても気温の高い秋ですね。

先週は広島市現代美術館で開催中の【ティンティン・ウリア:共通するものごと】展に行ってきました。

こちら、目を楽しませてくれる作品ぞろいだったので、みなさんにもぜひお勧めしたいとこの記事を書いています。

作者である氏(女性)の経歴を読むと1952年生まれの中国系バリ人。

幼少期からの差別であるとか、1965~66年に起こったインドネシア大虐殺で祖父が消息を絶ったとか、なかなかの闇の深さです(母国では中国系バリ人はマイノリティだったそうです)。

ところが今回の作品展では、私にはそういったウリアの個人的な体験に立脚した視点がダイレクトには感じられませんでした。

まったくウリアについて予備知識なく出向いたのですが、まず思ったのが、この人の作品好きだなぁ、でした。

まず、色遣いが心地良いのです。

こちらの作品(Re) Collection of Togetherness[一体感の集まり(回想)]

手作りのパスポートを使用した作品ですが、本作で使用されるパスポートはウリアのコレクションでもあるのですが、世界の国境が絶えず変化し続けるため、集める行為に終わりがありません。

所有さえできれば、国際移動を可能にするパスポートは同時に、自らが選ぶことのできない帰属の問題、種類(国籍)次第では、国境を越えられない可能性を孕むことを示唆します。」と現美の作品紹介にはありました。

それにしても白い壁面に赤、白、黒のインスタレーションは、とても日本人好みのする配色で、これを見て悲惨な情景や深刻な訴えに思いをはせる人は少ないのではないでしょうか。

次の作品も横長の小窓からは赤糸が床の鉢にむかってピンと張られています。

小窓の中の部屋はこんな風。この赤糸が外の鉢につながります。

次の作品はLiminal Death[境界上の死]
ウリアの作品には「移動」のシンボルのひとつとして「蚊」がよく登場します。作品名の「境界上の死」とは、蚊の幼虫が羽化する瞬間に起こる死のことで、エタノールに保存されたこの羽化中の蚊は、1965 年にインドネシアで消息を絶ったウリアの祖父と重ね合わされます。祖父の死は“誰もが確信することのできない”という意味では進行中であり、未完、つまり“境界上の死”を意味するのです。

この羽化中の蚊の作品も、グロテスクな感じは一切なく、黒を背景として顕微鏡を覗いたかのような仕上がりになっていて、むしろ美しくさえ感じられました。

ウリアの表現はどれも気難しい感じがなく美しいのです。

展覧会のフライヤーには、まさに私が抱いた感想を言い当ててくれる文章がありましたので引用させていただきます。

人々が作りだす政治的・社会的な境界に着目する活動を通して、ウリアは、身近な事物が美的要素を得ることで、人々を繋ぐ「共通するものごと」になりえることを見出すようになったのだ。

【ティンティン・ウリア:共通するものごと】展は、2025年1月5日でまで開催されています。

本当に目に心地よい作品が多いので、現代美術は難しいから、、、と敬遠される方もどうぞ足を運んでみてください。

ウリア本人が民族衣装で踊っている作品(映像)もあって、とても楽しいですよ。側にいた学芸員さんとつい話が弾んでしまい、写真を撮り忘れました。

クラシックバレエと対比的にスクリーンが配置されていて斬新な趣向だと思いました。

特別展と並行して広島現美所蔵作品が毎回、内容をかえて展示されるのが「コレクション展」。

今回もカラフルな作品が目を楽しませてくれました。

ゲストアーティストとして中西紗和のブロンズ作品も展示されていました。

お好きな方にはたまらない作品だと思います。

ブロンズというと公園に設置されているモニュメントや銅像を想像しますが、こういった日常的なものにも永遠の命が与えられるのも素敵ですね。

そんなこんなの今期の広島市現代美術館。お勧めです。