こんにちは。大人のおしゃれ塾、田中です。
お正月には実家の墓参りに行ってきました。墓は呉の二河墓地(山手2丁目)にあります。
お天気も良かったので、音戸まで足を延ばし、かねてより噂を聞いていた釜揚げしらす丼を食べてきました。
音戸ロッジがあった頃は、親孝行のつもりで母を連れていったこともありましたが、最近ではすっかり音戸方面には足が遠のいていました。
今はなき音戸ロッジ
音戸ロッジの開業は昭和37年で、以来、音戸の瀬戸を見渡せる国民宿舎として広く親しまれてきました。
昭和48~49年度には年間宿泊者数が5万人を超え、休憩を含めた利用客は20万人台に達したともいわれています。
けれど、施設の老朽化や、レジャーの多様化などで利用客は年々減少し、呉市は民間企業への委託も募りましたが合意に至らず、営業を停止することになりました。
こうして音戸ロッジは2007年に45年の歴史に幕を閉じましたが、写真は確か閉館の前の年だったと思います。
この頃、母はまだ元気で、私も若かったなあ(笑)。その母も今はもういません。
さて思い出話はここまでとして釜揚げしらす丼に行きましょう。
ひまねきテラスの釜揚げしらす丼
ひまねきテラスは第二音戸大橋、国道487号沿いにある小さなお店です。
入り口を入ってすぐ前が注文カウンターで、右がテーブル席、左がちりめんなどを売る土産物コーナーとなっています。屋上にはテラス席もあります。
駐車場も広く、トイレも敷地内に設置されており、ドライバーも利用しやすいのではないでしょうか。
ここは日招き広場(正式名称:坪井コミュニティ広場)と呼ばれており、お店の名前もここから来ているのですね。
広場からの眺めが素晴らしい!
注文カウンターで注文と支払いを済ませたら、番号札をもってテーブル席に着きます。
約10分ほどで番号を呼ばれカウンターまで取りに行くシステム。お水はセルフサービスです。
できました~釜揚げしらす丼!
まず驚いたのが、みそ汁としらす丼のボリューム。
みそ汁は、たぶん日替わりだと思うのですが、この日は、油揚げ、とうふ、人参、玉ねぎ、しいたけ、青ネギが入っていました。しかもぎっしり。薄味で美味しかった!
しらす丼もガッツリご飯が入っています。それに負けない分量のしらすも。白いままのしらすと、醤油味のついたしらすが交互に盛ってある感じです。トッピングは大葉の千切り。
いやー、こちらも美味しかった!
写真では分かりにくいですが、器が大きく、しかも底が深いので、全部食べたら苦しくなるくらいの迫力です。これで680円は安いですね。
他のお客さんの注文を聞いていると(聞こえる)、うどんセットや、ラーメンもあるようです。ちりめんが入ったソフトクリームも!スパゲッティも!!
表の幟(のぼり)を見ると釜揚げしらす丼は音戸ちりめん丼とも呼ばれているようです。
また来たいな~。今度はスパゲッティとちりめんソフトクリームが食べたい!
第一、第二、第三音戸大橋
次の写真は第三音戸大橋から第二音戸大橋を見たところです。
第三音戸大橋は、正式名称を「坪井広場横断歩道橋」というそうで、2013年に完成した歩道橋です。
ここからは音戸の瀬戸や音戸大橋、第二音大橋が一望でき、海の碧と橋の朱赤のコントラストが何とも目に鮮やかで美しい!
聞けばこの橋の朱赤は「共に平清盛と関係深い厳島神社の大鳥居の色に合わせている」そうです。
なるほど、平清盛感があふれていますね。
本家の音戸大橋は、この時、運悪く日が翳(かげ)って暗い写真になってしまいました。
音戸大橋が完成したのは1961年(昭和36年)。もう60年以上前のことです。
音戸の瀬戸は、大型船舶も通る海峡であったため、海峡中央に橋脚を建設することが出来ませんでした。そのため1000トン級の大型船舶の航行ができるように、螺旋(らせん)式とループ式の取付道路をもつ高架橋となりました。
この高架橋は当時、世界的にも前例のない工法であったため、大阪市此花区の埋立地に実物大の走路モデルを作り、載荷実験や運転性を確かめる実験を行ったそうです。大変だったのですね。
第三音戸大橋の写真は、残念ながら「私がその橋の上に立っている」ものですから写せませんでした。
正直にいうと、私が立っている歩道橋が第三音戸大橋だとは知らなかったのです。せっかくのミニ音戸大橋なのに残念!
灯台下暗しとはこんなことも言うのですかね(笑)